妖怪独話 送り犬(おくりいぬ)
細い山道を、いそいそ闊歩する旅人の背中。
旅の思いは、喜びか。足取り軽やか若人集。
そこに大きな躯をゆらし、藪から現れ付き歩く、
はあはあ、と息荒げるケモノ一匹。
私、犬というものは、縄張りに縛らるる性分でござんす。
狭い世界をぐるぐると、廻り続けて幾月日。
人というのは、「旅」というものを楽しんでいるようですな。
お伊勢参りやお遍路まわり、弥次さん喜多さん東海道。
耳を立てれば風に乗り、流れる心地よい旅語り。
ー そんなに面白いものなのですかね、漫遊は。 ー
自分の領分守るだけで手いっぱいの私にゃ、
一体どんな楽しみがあるのかと、気になり夜も眠れやしない!
おっと、そこの兄さん方、旅慣れしてそうだねぇ。旅の良さってのを、この畜生に教えてくれやしませんか?
ついでに小腹がすいたんで、それぞれ足の指をひとかじり、
させてくれたら、この上なくうれしいねぇ~。
旅路の佚楽吹き飛んで、ちりちりバラバラ駆け逃げる若人。ポツンと一匹物の怪は、遠吠えひと鳴き山に消えた。
妖怪解説
日本各国にある送り犬話。
基本的には、夜中の山道を歩くと、ぴたりと
ついてくる犬の妖怪である。
彼の目の前で転んでしまうと一大事、
あっという間に、かみ殺されてしまう!
ただし、転んでも、あたかも一休みするかの
ように「どっこいしょ」と座れば襲われない。
話をまとめると、物の怪の類ではなく、ただの
はらぺこな野犬ではないかと、思えてしょう
がない。
人が歩みを止めた時に、ちょいと餌でもねだろう
としただけであろう。
別称として 「送り狼」とも言われる。
現代では家まで送るふりをして、隙あれば頂いて
しまう肉食系男子を指すのはご存知の通り。
言葉の使われ方をみても、腹をすかせた野犬であ
るという事は、間違いないようだ。
アーティスト。 絵画、映像、イラスト制作やアートパフォーマンス、音楽活動しています。 最近は妖怪作家に転身。