妖怪独話
何日か前に、縄張りに突如現れた武者行列。
怒った羽犬は腹いせに、こっそり兵糧を頂戴したり、
野営近くで一晩中吠えてみたり、空から小便をかけてみたりと
悪逆の限りをつくして、溜飲を下げていた訳だ。
いやはや、大の男共が慌てふためき困惑する様は滑稽滑稽!
ここでさっさと立ち退いてくれれば万々歳と思っていた矢先…。
「空を飛ぶばかりで、お前の四足は飾りと見えるのう!」
藪の小道にて、羽犬を見上げ語り掛ける猿顔の武将。
ああ、猿というだけでも虫唾が走るのに、私を挑発するか!
「使わずして、何のための地を駆ける足か?もはや鎧をまとった
ワシをも、その足で捕まえることはできますまい。」
クイクイと手招きし、今から地に降り立って捕まえてみろと
言わんばかりにおどける猿男。
別に羽に頼らんでも、小男一人簡単に捕まえてみせるわ。
六間上空からすぃと降り立ち、駆けて男を捕まえようと、
走り構えたその刹那!
「それっ!」
猿男の掛け声とともに、藪から兵達表れて、
取り押さえられた哀れな妖犬。
「人の言葉がわかるとは、なかなか賢い犬じゃの。」
羽犬はくうぅーんと一鳴きし、こうべを垂れるだけであった。
妖怪解説
福岡県筑後市の羽犬塚に存在したと言われる、翼の生えた犬。
その犬を供養した塚があり、それが羽塚犬の地名にもなっている。
この犬にまつわる伝説は二つ存在する。
すべて、豊臣秀吉の薩摩討伐にまつわる内容だ。
その1
この一帯に羽の生えた犬が大暴れし、旅人を襲ったり家畜を殺めたりしていた。
この羽犬に行く手を阻まれた豊臣秀吉軍、軍勢を率い、苦戦しつつも羽犬を撃退に成功する。
秀吉は、この犬の強さに感心し、塚を立て供養した。その2
豊臣秀吉が進軍する際に、羽の生えた犬を連れていたのだが、この地で病死してしまったため、塚を立て葬った。参照:筑後市HP 羽犬伝説と羽犬の塚
https://www.city.chikugo.lg.jp/kankou/_1070/_6135/_1091.html
さて、そもそもなぜ犬なのか?
秀吉が犬を飼っていたという話は聞いたことがない。
その答えに迫った書籍「秀吉と翼の犬の伝説」(蒲池明弘著)によると、金を守る怪鳥グリフォンと羽犬をかけ、薩摩の金山探索に同行した犬だという。
秀吉と翼の犬の伝説【電子書籍】[ 蒲池明弘 ] |
また、これは私の憶測ではあるが、単純に羽柴秀吉公が連れていた犬ということで「羽犬」と呼んだのではないかと。
(薩摩討伐時はすでに豊臣姓になっているが、そこはご愛敬で。)
羽塚犬という地では現在、至る所に羽犬の銅像が立ち、「はね丸」というゆるキャラまで存在している。
地元民から愛されて続けている羽犬は、幸せな妖怪であることは間違いない。
アーティスト。 絵画、映像、イラスト制作やアートパフォーマンス、音楽活動しています。 最近は妖怪作家に転身。