鬼の横笛(おにのよこぶえ)

妖怪独話

 ここは地獄のとある場所。近寄りがたい雰囲気の鬼女一人。

身分違いの恋の果て、死して鬼と成り果てた哀れな美女の横笛は、
悶々とした思いの中にいた。

川に身を投げてまで、恋の未練を断ち切ったはずなのに、
気分は未だに晴れやしない!

鬼の力を得たからであろうか、横笛の心は、叶わぬ思いへの悲しみから、
相手の男に対する愛憎に、みごとにすり替わってしまっていた。
この憤り、どう収めてやるべきか!
「そこの狼!この升いっぱいに豆を盛ってまいれ!」

そんな彼女の様子を怖いもの見たさで覗いていた獄卒狼、
突然のご指名にめんくらい、これは逆らってはまずいと、
すぐさま豆をかき集めてきた。
「姐さんこれをどうするんで?豆は苦手な…」
狼が言い切るや否や、むんずと豆をわしづかみ、がばっと口に放り込んだ!
「嗚呼悔しい!悔しい!悔しいぃぃぃ!」
豆は無残に砕かれ続け、地獄の空に、歯ぎしりと恨み節が響き渡る。
狼は鬼気迫る横笛の姿にひれ伏し、恐怖するしかなかった…。
 
 鬼の横笛が豆を食べた訳、それは極度のストレスを解消するための
手段だったのだろう。
まるで現代人が超激辛料理にチャレンジしたり、
極度の大盛ラーメンを食すように。

その後彼女は「豆を恐れぬ鬼の横笛」として鬼の間で知れ渡るのであった。

妖怪解説

横笛の悲愛劇

身分違いの恋愛の果て、位の高い男は家から絶縁され出家し、身分の低い女は出家した男を追って寺まで行くものの追い返されてしまう。
失意の女は、悲しみの果て入水を遂げる・・・

御伽草子の中の「横笛草紙」。そして同じ話が平家物語にも記されている。
男の名前は斎藤 時頼(さいとう ときより)のちに「滝口入道」と呼ばれる僧となる。
そして哀れな女の名前は横笛、今回のテーマとなった人物だ。

宮中に仕える美女、横笛に青年時頼は、一目ぼれ。
口説き落として毎晩イチャイチャしてしまう。
だが蜜月も長くは続かず。
父親にバレてしまい大目玉。
かくして時頼は無理やり出家させられたわけだ。
当然出会うことは許されない。
横笛は、結果的に弄ばれてしまった。
その無念たるは、胸中を察する。

なぜ横笛は鬼なのか?

さて、今回のイラストは、鬼と化した横笛が、節分で投げる豆を食い、それを狼が見守るというもの。
これはいったいどこからヒントを得たのか?

妖怪学の基礎知識(小松和彦)に興味深い内容があった。
「付喪神記」という絵巻物の中に鬼と狼の会話がある。

一(狼) 聞給へ。かの横笛の鬼と成りし時のやうに、大豆草恐れ給うな。
二(鬼) さる臆病鬼や侍るべき。豆にて打たば、良き茶子にて候物を。拾ひて賞玩すべし。

付喪神記(早稲田大学図書館本)

とある鬼に狼が、鬼と化した横笛が節分の豆まきを恐れなかったように、豆を恐れなさるなと忠告する。
言われた鬼は、そんな豆など菓子のように食ってやるわと返している様子だ。

狼は豆を全く恐れない鬼と化した横笛を見て、非常に驚いたのであろう。
豪胆な美女ほど、恐ろしいものはない。

小松和彦氏は、横笛が鬼となったのは、横笛の境遇を哀れんだ後世の人々が、鬼人化することによって慰撫するために語りだしたと分析している。

身分と世間体に翻弄された横笛、悲しい物語と共に、妖怪となすまで人々の心に残り続けているのは、どの時代も彼女に同情的だったからに違いない。

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